2006年04月13日
●SNSマイスペースの文化モラル問題
米国のSNSマイスペースは既に7,000万人に近い参加者を得ていますが、子供たちに与える悪い影響の議論など親たちが騒ぎ出し、移民規制法と並ぶ文化モラル問題に発展しています。米国の若い世代が丸ごと参加しているマイスペースですが、21世紀におけるネットコミュニティの運命を決めるような歴史の転換点が来ていると言う見方が出ています。大学院でFriendsterの台頭期からSNSを研究している若き女性人類学者、ダナ・ボイドさんはフォックス・テレビに出演するなどマイスペースの擁護に懸命ですが、この程、コラムを発表しています。「Friendster lost steam. Is MySpace just a fad?」
これ、我が国のGREEやmixiなどSNSだけでなく『森のくまさん』などのゲームのコミュニティの今後を占うものとしてとっても面白いので筆者のコメントを交えながら紹介しましょう。ボイドさんのコラムはまず、何故Friendsterが衰えマイスペースが台頭したかを述べています。ちょっとmixi対GREEの総括を出すのに丁度良い参考事例なのでここから始めます。
何故Friendsterが衰えマイスペースが台頭したか
▼サイトの管理者(創造者)中心型と自由な草の根コミュニティ育成型の差
管理型で融通が利かないFriendsterと社交の手段をどんどん提供し自由にコミュニティを発展させたマイスペースの差だと言う指摘です。Friendsterのジョナサン・アブラムは参加者を愛していない、一方マイスペースのトム・アンダーソンは参加者を愛していると言う表現がなされています。米国の宇宙探検テレビドラマのスタートレックでも良く出てきますが、世界の創造者が強権で支配する宇宙人の世界と人々が自由を与えられた宇宙人の世界の差ですね。確かに実名原理主義などFriendsterは『その創造者による強権支配』の世界でした。プロフィールとメッセージング位しか参加者は社交の手段を与えられませんでした。一方のマイスペースはブログや写真アルバムなど、どんどん参加者に自由な社交の手段を提供しました。
振り返って見ると理想に燃えていたGREEの田中良和さんも『SNSはネットでの社交場ではありません』と主張して対面での社交を重視し、内部ブログなどの導入には消極的でした。ある意味では宇宙の創造者による強権支配型だったと言えると思います。その点mixiはマイスペースの参加者による自由主義に良く似ていました。ブログや携帯対応、写真アルバムなど使いやすい社交の手段がどんどん提供された訳ですね。
マイスペースの自由主義がもたらしたネット・コミュニティの危機
しかしこの自由主義が7,000万人近い参加者になるとモラルなど文化の問題をもたらし始めました。特にマイスペースにアメリカの十代(十四歳から)から二十代始めの若い世代が丸ごと参加することになって、性的犯罪や誘拐など色々な犯罪、事件がおき始めると学校と親たちが大騒ぎを始めました。(この『世代丸ごと』飲み込んだと言う凄い点が社会問題を引き起こした訳ですね。)『子供たちが写真や住所、電話番号、詳しい行動などをプロフィールに貼り付けるのはストーカーや誘拐などの犯罪を招く、危険だ!!』と親や学校、地域社会が叫びだした訳ですね。何しろほぼ一世代がマイスペースに参加している訳ですから、これが移民規制法と並ぶ大きな社会問題になっており、テレビやマスコミで大きく取り上げられています。
ボイドさんは鋭くも『SNSの登場でやっとまともになったネットのコミュニティが、21世紀に社会から健全なものとして認知されるか、それともやっぱりアンダーグラウンドの闇世界として取り扱われるかの瀬戸際だ!!』と述べています。もし裁判所や政治家の法律判断で『ネット・コミュニティなんてアンダーグラウンドだ』となって、取締法(どうもそういう動きがあるようです。)でもできたら当然、マイスペースへの企業からの広告出稿は無くなり、ルパード・マードックのグループ企業も手を引き、出資を取りやめるかもしれません。そうなればマイスペースもおしまいです。これってネット・コミュニティ全体に凄い影響を与えます。折角、web2.0と言ういわばワイマール共和国憲法が議論されていると言うのに、これではあっという間にナチスが台頭したドイツになっちゃいます。(笑)それほどアメリカの日常社会にネット・コミュニティが影響を与え始めたと言う訳ですね。しかしSNSに代表されるネット・コミュニティはもはやアメリカの社会インフラであると認められたようなもんです。後戻りはもう出来ないのではないかと思います。
さて日本への教訓は如何に日本のmixiなどのSNSを見ていると生き残っているSNSは、良くも悪くもマイスペースのミニチュア版だと言うことができます。例えばmixiは管理しない自由主義、即ち社交の自由のお陰で若い都会生活者のコミュニティ(都会の若者のコミュニティ)としては間違いなく新しい文化を創り出しています。もしビジネスと言う視点を除けば、やはり日本の文化を大きく変えつつあると言う点が最大の評価点でしょう。しかし一方でモラルなどの問題も指摘されています。
そしてSNSのような社交倶楽部は、その運営が会費で賄われます。問題は誰がそれを支払うかです。企業は間違いなくモラルを含むコミュニティの高い品質を求めてきます。そうなれば一定程度、mixiなどの作った生活者コミュニティを外部から管理する必要が出てきます。そこでFriendsterに見られたような参加者の離反が起きないかどうかですね。
国内の一部の見方では『GREEが冴えなくなったのは、広告などビジネス色を強めて参加者をコントロールしようとしたからだ!!』と言う説があります。生活者コミュニティの自由な文化と一方で顕在化するモラルの問題、更にビジネスと言う視点からの運営経費を如何稼ぐかと言う問題・・・・。ネット・コミュニティもいよいよ正念場を迎えています。
今回はソーシャルネットワークマーケティングの山崎氏より貴重な分析を投稿頂きました。
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