2007年07月10日
●SNSのせいで「友達」の定義が変わってしまった
MediaShift . Facebook Rising::Social Media Runs on 'Friend' Power | PBS
Mark Glaserさんというジャーナリストのお話。
ちょっと興味深かったので、ざっと意訳。間違いあったらすいません。
ポイントは3つ。「LinkedIn」と「Facebook」、「友だちの定義」、「SNSの利点」
■「LinkedIn」と「Facebook」
彼は、最初はLinkedInをメインに使っていた。しかし「友だち」のアクセスや連絡がFacebook経由になることが多くなり、Facebookを使うようになった。
なぜ、多くの人がFacebookを使い始めているのか彼は考える。
1つは「クローズド」だったという点。学生のメールアドレスが必要だったため、安心できるコミュニティが醸成されていた。しかし、昨年の9月よりオープンになり、その良さは失われてしまった。
もう1つは「大人」にとって、学生メインに作られたSNSを使うことは気分を若く保てる。そして若い連中とコミュニケーションすることが楽しいのではないか、とも考える。
他にも、インターフェイスの良さや、サードパーティのサービスの充実度などがあげられるだろう。
■友だちの定義
彼はそんなSNSを使いながら思案する。
「友人の定義」が変わった、と。SNSが生まれて「友人」というものの概念がとても広がってしまった。
時には「150万人」という友人がいる人もいる。もはや友人は本来の定義のような「信頼でき好きな人」というような定義ではなりたたなくなってしまっているのだ。
■SNSの価値
そのような友人が増えた状況で、彼はSNSを利用する機会が増えた。
まさに「フレンドドリブン」なSNSは、友人の連絡や情報共有がSNS上で行われ、必然的に自分もSNSにコミットさせられる。
しかし、そのようなSNSを利用していて、私は何か得をしたのだろうか?と彼は考える。
やっていることといえば、日記を書いたり、メッセージの返信を書いたり、困った人にレスをしているくらいだ。
自分のネットワークを自分の利益のために使ってたことはない。そう考えると、SNSの価値はどこにあるのだろうか?
と彼は考える。
=====
■個人的に
この友だちの定義が変わった、というのがなかなか興味深いのではないかと。
確かにSNSでは(特に海外のSNSでは)、繋がっている人たちを「Friends」と呼ぶことがあります。しかし、実際はSNSで繋がっているだけの人も数多くあり、昔からの友人とは違ったものとなっています。
日本では「マイミク」のような固有名詞があるために、友人との違いは付けやすいかもしれませんが、そのような固有名詞がないところでは「リンクしている人」「繋がっている人」というような呼び方しかできません(勿論、「友達」と名づけているSNSも少なくありません)。
VOXですと確か「ご近所」というような繋がりの概念もあったような気がするのですが、そのように「友達」だけではない繋がりの概念も今後は色々SNSに必要ではないかと。
もっとも、多くのSNSでは繋がりの上にメタで属性を記載するところもありますが、そうしたところで「繋がっている人」の呼称が難しいのは変わりません。
では友達の定義を変えればいいのか、というとそんな簡単な問題ではないわけですが、しかし、もしかすると、この「友達」という単語に引きづられて人間の意識が変わることもありえるのではないかと。
つまり、SNSで繋がっているだけのような薄い関係性も「友達」と呼ぶ人が増えてくれば、それが共通項となり認知されていく可能性もあるのではないか、と思ったり(まぁ、だから何という話もありますが)
そんなこんなを思った記事でした。
原田
このエントリーのトラックバックURL:
http://socialnetworking.jp/b/mt-tb.cgi/3523
