2010年03月16日
●<ソーシャルテレビ>メディア論の視点 紙が消えテレビが完全デジタル化したら何が起こるのか?
皆さんは 「キンドルだ!!」 「IPADだ!!」 とか「USTREAM + Twitterだ」と
大騒ぎされていますが、まあお祭りは良いとして、メディア論上は大変なことが起こり始めていると言う理解です。
● メディア論とは
マーシャルマクルーハンが提唱したメディアは「社会を変える」と言う理論。
べネディクト・アンダーソンは、グーテンベルグの印刷術が聖書を方言に
印刷して、その過程で欧州各地の方言が統一され近代国家=
「想像のコミュニティ」が出来たと主張しました。
つまりプリントメディアは想像のコミュニティである国民国家を作りだす位、社会的影響力が強いと言う主張です。
と言うことは 「キンドルだ!!」 「IPADだ!!」と言う電子端末は「紙を消す」=国家を危うくするとんでもない技術ですね。 筆者が為政者ならすぐ「キンドルだ!!」 「IPADだ!!」などは焚書坑儒して、騒ぐツイッターエバンジェリスト共を処刑しますが。(笑)
と言う位 メディア論上は 「紙が消えると大変なことが起きる」と言う仮説が成り立ちます。
国の形が変わり 新しいコミュニティが誕生する訳ですね。
ではテレビはどうでしょうか? はい ソーシャルテレビのことです。
● テレビが消えれば戦後の民主国家も終焉するのか?
メディア論はテレビの社会的意味を鋭く分析しています。
戦後の象徴天皇制の下、三つの電化製品が「三種の神器」としての役割を与えられたのです。 冷蔵庫と洗濯機とそして白黒テレビでした。
特にテレビは毎日 同じコンテンツを一斉に流し、その結果、日本列島に住む人々は「共通体験」を持つことが出来ました。その翌日職場で学校でテレビの共通体験を確認する会話が一斉になされ、こうして戦後の民主的な平和な日本人としての社会的アイデンティティが作られました。
象徴天皇制、三種の神器としての剣ではなく平和な水晶球のテレビが生み出したコンテンツの浸透とコミュニュケーションが想像のコミュニティとしての戦後の民主国家を生み出し、支えて来ました。
テレビのデジタル完全移行、更にソーシャルテレビ(ツイッター +ustream)や
ニコニコ動画の登場は、既存のテレビの否定論であり、それは国の根幹を揺るがすものなのでしょうか?
メディア論で考えれば 某役所は即刻、ソーシャルテレビ禁止令を出すかもしれません。
だって国を支えるナショナリズムの基礎が揺らぎ、消えるかもしれないんですよ!!^^
米国のオバマ政権は作り出そうとするタウンミーティングや寄付と言うマイクロファイナンスなどの手段としてソーシャルテレビを活用し始めています。
フェースブックなどの活用の中で黒人差別を撤廃させ!!るという新しい米国を作り出したオバマ政権は、ソーシャルテレビを活用して新しい国作りを始めました。
オバマさんたちの勢いは大分落ちていますが、ソーシャルテレビは米国で確実に新しい社会を作り始めています。上下関係の無い新しい民主主義であるタウンミーティング等の手段ですね。
古いテレビが消え 紙が消えるということの意味をしっかり理解しましょう。
日本ナレッジマネジメント学会 専務理事 山崎秀夫 borg7of9 twitter
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